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執筆者の写真田中 利幸

「素振り」のススメ


合気道では、素手による正面打ち、横面打ち、突きが打突の基本として設定されています。 しかしながら、道場ではこれらの打突技の素振り稽古や打ち込み稽古はあまり行われていないのが実状ではないでしょうか? 私が考える、打突技に要求される最低限の事として次の3点を挙げたいと思います。 ①当てるべき箇所に届いていること ②当たればそれなりの殺傷力があること ③寸止めできること ここで、想像していただきたいのですが、皆さんは日常生活で壁のスイッチを押すことがあると思います。 部屋の明かりをつけるときなどです。 壁のスイッチを押すためには、 ①スイッチに指先が届き、スイッチに当たること ②スイッチを入れるだけの力で押すこと が必要です。当然、③スイッチを押すのを止めることもできると思います。 壁のスイッチを押すのに、指が届かないで前につんのめってしまったり、逆に壁に近づき過ぎてのけぞってしまうことはあまりないでしょう。 スイッチを押す力が足りなかったり、強く押しすぎで壊してしまうこともないでしょう。 そう、私達は、壁のスイッチを押すのがとてもとても上手なのです。 私達は、壁のスイッチ押しに関しては超一流といえます。 それも、いろいろな状況下でスイッチをおすことができます。 荷物をいっぱい持った状態であったり、暗闇の手探りであったりしても、スイッチを押すことができます。 (とはいえ、壁のスイッチは私達にとって押しやすい形・位置等に作られているので上手に押せて当然かもしれませんが…) さて、私達はスイッチを押す様に、正面打ちを打てているでしょうか? ドアを開けて出て閉める様に、体捌きができているでしょうか? 箸を使う様に、木刀や杖を振れているでしょうか? 一体なにが、正面打ちや体捌きを難しくしているのでしょうか? 生活の動作と、稽古の動作で最も異なる点は、対象(相手)が動くということです。 もうひとつは、対象(相手)をやっつけたい(勝ちたい)と思っていることです。 これらの違いが、難しさを生んでいる要因といえます。 しかし、それ以前に、その動作に慣れていないのが上手くいかない原因であると私は考えています。 慣れていないからこそ、余計に強く打とうとして固くなったり、無理に届かせようとしてつんのめったりするのではないでしょうか? その動きに慣れることが先決です。 ところで、昔の剣の流祖達は、誰から剣を習ったのでしょう? 山に籠もって天狗から教えを授けたという話もありますが、おそらくは自ら創意工夫して編み出していったのだと思います。 そして、その具体的な方法の1つが素振りであったはずです。素振りをしたり、木に打ち込んだり、色々と鍛錬方法を工夫したことでしょう。 現在では、素振りをすることは、自らを型にはめることだと考えられているかもしれません。 たしかに、流派によって、素振りのやり方は異なっており、教わる際はその型にはまるように指導されることでしょう。 そして、型通りに振れるようになったら「できるようになった」と思われたり、認められるかもしれません。 しかし、本当にそうでしょうか? (こんなことをあまり言うと、諸先輩方からお叱りを頂戴してしまいそうですが…) 流派というものの1つの側面を見ると、そこには権威があります。 これは何々流の構えだとか振り方というものを身につければ、自分もその流派の権威に守られているという安心感があると思います。 しかし、初代の流祖達はその権威から離れる鍛錬を積んでいたはずです。型を破り離れ、新たな型に至る。 それほどまでに、素振りを行っていたのだろうと思います。 諸流派の基本の型は、あくまでも入口であり目的地ではないのだと私は思います。 もしも、壁のスイッチの押し方に流派があり、各流派で壁のスイッチの押し方が違っていたらどうでしょう? その様に考えて、流派や、それらの型についての認識を見直してみるのも良いかもしれません。 また、各流派の違いを強調するよりも、共通点を見出すことが有意義だと思います。 私は、剣や杖を何かの流派に正式に入門して習ったことはありません、我流です。 ただ、これはいいなと思う先生方の動きを見よう見まねで行ったりはしていましたが、剣の振り方は剣が教えてくれるという思いで、とにかくひたすら振ることに集中していました。 (現在では、インターネットで、いろいろな動画を見ることができるので、そういった中からこれは良いと思う動きを何でも真似してみるのもよいでしょう) 20代の頃、私は神戸に住んでいましたが、夜な夜な近くのメリケンパークという海辺に出かけて木刀の素振りを行っていました。 間近にポートタワーが見える神戸の夜景スポットで、地面が綺麗なタイル張りで、潮の香りと波音が気持ちの良い所です。 そこで、平日は2時間程度素振りをするのが日課になっていました。 (夜8時に稽古が終わって、それから出かけていましたので、おそらく夜8時半から10時半あたりの時間帯だったと思います) その時の素振りでは、本数を数えることはせず、これはと思う振り方をひたすら繰り返したり、ビデオで見た植芝盛平先生の剣の舞いをイメージして振ってみたりしていました。 また、当時は宮本武蔵の五輪書も素振りを行う上で大変参考になりました。 そうして2時間も振っていると振っていることを忘れ瞑想状態になってきます。 また、具体的な体の状態としては、上半身の力が抜けて、肘と肩が落ち、自然と脇が締まってきます。そして下半身が重厚に充実してきます。 素振りを行うことで色々な発見があり、身体の使い方の自由度が増してきます。その自由度は、武器を持たない時にも活かされます。 私にとって、神戸のメリケンパークでの素振りの日々はかけがえの無い”山籠り”ならぬ”海籠り”でしたが、夜景を見に来た恋人たちには少々迷惑であったかもしれません。 素振りに関しては、細かいことを色々と書きたくなりますが、それらのことは自分で発見するからこそ面白く有り難いのであり、初めから指示されたのでは流派になってしまいます。 ですので、私なりに素振りを行ってみて、これだけは、と思われることを絞って紹介したいと思います。 <素振りの要件> ・特に初めは、「力を抜いて」「ゆっくり」「大きく」行う ・刃筋を立てる ・肘と肩を落として、脇を空けない 素振りは、大刀だけでなく小刀(脇差)や杖、その他興味のある武器を色々と振ってみるのも良いでしょう。 長い武器、短い武器、重い武器、軽い武器を色々と振ってみるとそれぞれの特性が解ります。 素手は、最も短くて軽い武器です。それ故に、素早くて自由です。 武器を持つと、素手に比べて不自由になる側面があります。 その不自由さの中で、素振りにより、最大の自由度を獲得することで、素手の時も更に自由に成れるのです。 道場の稽古時間は、概ね1時間~2時間程度です。道場ではせっかく相手が居ますので、その短い稽古時間で素振りを行うのは少々勿体無いと思います。 ですので、どこか安全に素振りをできる場所を探して、1回5分でも良いので、日常の中で素振りができる環境を持たれることをおすすめします。 長くなりましたので「寸止め」については、次の項にゆずることとします。 調べてみますと、神戸メリケンパークはリニューアルされたそうで、私が素振りをしていた一角に、西日本最大級のスターバックスコーヒーができている様です。 神戸の夜景を見ながら美味しいコーヒーを飲みつつ木刀を振る…、これはオススメの素振りスポットです! ※素振りの武器が周りの人に当たらないように十分に注意してください。

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