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執筆者の写真田中 利幸

「伝える」ということ


 小学生の頃、私は書道を習っていました。

 私の祖父が自宅で書道教室をしていたので、自動的に私も書道をやらされる羽目になったのです。あのころはまだ土曜日の午前中は学校があり、午後の時間に我が家の離で書道教室がありました。私の同級生達も多く習いに来ていました。しかし、直ぐに遊びに出かけたかった私は、祖父に見付からないように教室の前を這うようにしてこっそり抜け出していました。ときには習字道具を持ってやってきた友達を誘って一緒にサボっていたのです。そんな私でしたが、祖父が亡くなったあとに、たまに筆ペン等を持つと書くことが「面白い」と感じる様になりました。あれほど嫌だった書道に興味を持つようになったのでした。祖父の教え方は、私の後ろ側から、私の手を握り、一緒に筆を持って書くのですが、そのときに、筆の動きを音で表現していました。唸り声ので「ヴーーーッ! とん、 うんっ しゅぅーー・・・」等と筆の勢いやリズムを表すのです。それから筆よりも先に身体がまずその方向へ揺れてから書き始めるように体全体を使って書くことや、空中でつながっている筆の動きも印象に残っています。今思えば、あの唸り声こそが祖父の伝えたかった書道に最も近い、しかし言葉では表現し難い事だったのではないかと思います。

 合気道でも、基本や理屈や技はたくさんありますが、本当に伝えたいことはそんなには多くは無いように思えます。しかし、本当に伝えたいこと、表現したいことは言葉では上手く表現できません。そのため、多くの基本や理論や技を伝えますが、それらは表現できないものを言葉以外の方法で読み取る力を養う為のものであり最終目標ではないのです。

 合気道の稽古をしているとよく祖父の書道を思い出します。稽古に集中している時程、知らず知らずのうちに、あの唸り声の感覚を私は合気道で行っているようです。書道では祖父の足元にも及びませんが、あの唸り声は私の合気道の中で生きているように思えます。

 私のところで合気道を習ってくれている子どもたちが、将来大きくなったときに、合気道の稽古で掴んだ「何か」をその子の好きな分野で活かしてくれることが私の願いです。

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